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JOURNAL / 法人・経営者

人的資本経営と「お金の健康」——ウェルビーイング施策としての金融教育

人的資本開示やウェルビーイング経営を担当する方へ。お金の不安が仕事のパフォーマンスに関わる構造と、金融教育を施策として設計・測定・開示につなげる手順を、誇張のない現実的な線で整理します。

緑のあるオフィスの中庭で穏やかに会話する社員(イメージ)
法人・経営者
原稿時点とご利用にあたって

この記事は2026年7月原稿の移行版です。制度・税制・統計は当時の説明であり、現在の適用条件とは異なる場合があります。個別の判断前に、公式情報や専門家にご確認ください。

BEFORE YOU READ

この記事で考えること

人的資本の情報開示が求められるようになり、「ウェルビーイング」を経営課題として掲げる企業が増えました。健康経営、メンタルヘルス、エンゲージメント——施策が並ぶなかで、近年その一角として注目され始めたのが「ファイナンシャル・ウェルビーイング」、いわば社員の「お金の健康」です。

とはいえ、「お金の研修を福利厚生でやる」ことと、「人的資本経営の施策として設計する」ことの間には距離があります。本記事では、なぜお金の不安が人的資本の論点になるのか、そして施策としてどう設計し、どう開示につなげるのかを整理します。

人的資本経営の文脈で「お金」が浮上した理由

人的資本経営とは、人材を「コスト」ではなく「資本」と捉え、その価値を高める投資を戦略として示していく考え方です。スキル研修や健康施策と同じように、社員の生活基盤の安定も、パフォーマンスを支える土台として捉え直されつつあります。

物価や収入の変化は、社員の暮らしに影響します。給与・福利厚生とあわせて、自分の家計と制度を理解する機会をつくることが大切です。

46.2%
国民負担率(令和8年度見通し)
53.8%
金融リテラシー調査の正答率(調査開始以来最低)

ところが、その判断を支える知識は追いついていません。金融リテラシー調査2025の正答率は53.8%と、調査開始以来の最低でした。負担は増え、判断の機会も増えているのに、知識の土台は薄い——このギャップこそ、会社が施策として埋められる余地です。社員が知らないのは本人の怠慢ではなく、これまで学校でも職場でも教わる機会がなかっただけなのですから。

お金の不安はパフォーマンスにどう関わるか

ここで誇張は禁物です。「金融教育をすれば生産性が上がる」と単純な因果で語ることはできませんし、そのような説明は稟議でもかえって信頼を損ないます。ただ、構造として言えることはあります。お金の悩みは、住宅、教育、介護、老後と数十年にわたって続き、勤務時間中も頭の片隅を占め続ける種類の悩みだということです。

私が企業研修の現場で受ける質問も、投資のテクニックではなく「このままで大丈夫なのか分からない」という漠然とした不安が大半です。正体が見えないことが、いちばんの負担になっている。逆に言えば、全体像を整理して見通しが立つだけで、表情が変わる方を私は何度も見てきました。

施策の目的は、社員を投資家にすることではなく、お金の不安を「扱える大きさ」に整理することです。

また、介護離職や家計事情による転職のように、お金の事情が働き方の選択を左右する場面は少なくありません。エンゲージメント調査では「お金の不安」という項目が立てられていないことも多く、見えないまま蓄積しやすい領域である点にも注意が必要です。

「お金の健康」施策の設計手順

では、施策としてどう設計するか。ウェルビーイング施策として行う以上、単発のセミナー開催で終わらせず、把握・目的・形態・測定をひとつの流れとして設計することが肝心です。

  1. 現状を把握する既存のサーベイに「お金の不安」に関する設問を加え、世代や属性ごとの傾向をつかむ
  2. 目的を言語化する制度活用率の向上か、不安の軽減か、リテラシーの底上げか——開示で語りたいストーリーと接続して定める
  3. 施策の形を選ぶ全社研修・世代別セミナー・個別相談窓口などから、目的と予算に合う形を組み合わせる
  4. 測定し、開示につなげる受講率・理解度・不安度の変化を定点観測し、人的資本開示の記述に反映する

ポイントは、最初と最後がつながっていることです。「不安を測る設問」を最初に入れておけば、施策後に同じ設問で変化を測れます。開示で語れるのは、この定点観測があってこそです。

なお、経営層から「会社が投資を勧めるようで心配だ」という懸念が出ることがあります。この心配はもっともで、だからこそ施策の中身は「特定の行動を促すこと」ではなく「判断の材料と手順を渡すこと」に置くべきです。やる・やらないを含めて社員が自分で決められるようになることが目的だと定義しておけば、施策の説明も開示の記述も一貫します。

設計時の注意点——中立性と強制感

設計にあたって、施策の信頼性を左右する注意点が2つあります。第一に中立性です。ウェルビーイングの名のもとに行う教育が、特定の金融商品の販売機会になってしまえば、施策の趣旨そのものが崩れます。私は大手信用金庫に5年勤めた経験から申し上げますが、無料で提供される教育コンテンツには、商品販売という出口が用意されていることが少なくありません。提供会社の収益構造は、契約前に必ず確認してください。

第二に強制感です。お金は極めて個人的なテーマであり、「会社に家計を覗かれる」という印象を与えると逆効果になります。個人の家計情報を提出させない、受講を評価と結びつけない、相談窓口の利用を匿名にできる——参加の心理的ハードルを下げる設計が、結果として利用率を高めます。

POINT

「商品販売を伴わない」「個人の家計情報を求めない」の2点は、施策の信頼性を支える最低条件です。提供会社への仕様書に明記することをお勧めします。

まとめ——人的資本としての金融教育の判断軸

本記事の判断軸を3つに絞って再掲します。

  • お金の不安は長期にわたり続く「見えにくい負担」であり、生活基盤の安定はパフォーマンスの土台にあたる
  • 設計は「現状把握→目的→形態→測定」の順で組み、開示で語るストーリーと最初から接続する
  • 中立性(販売を伴わない)と強制感への配慮(家計情報を求めない)が、施策の信頼性を決める

人的資本という言葉は大きく聞こえますが、出発点は「社員の頭の片隅にある不安をひとつ軽くする」という素朴なことだと私は考えています。その積み重ねを、測れる形で設計する——それがウェルビーイング施策としての金融教育の本質です。

原稿に記載された出典・参考資料

  • 財務省「国民負担率(令和8年度見通し)」
  • 金融経済教育推進機構(J-FLEC)「金融リテラシー調査2025」
  • 実質賃金の推移(厚生労働省「毎月勤労統計調査」等、2022〜2026年)

一般的な情報提供を目的とするもので、個別商品の勧誘、税務・法務等の個別助言を行うものではありません。運用成果を保証するものではなく、ご自身の状況に応じた確認が必要です。

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