この記事は2026年7月原稿の移行版です。制度・税制・統計は当時の説明であり、現在の適用条件とは異なる場合があります。個別の判断前に、公式情報や専門家にご確認ください。
この記事で考えること
「事業承継の準備は、いつから始めればいいですか」。この質問への私の答えは、身も蓋もありませんが「思い浮かんだ今日から」です。
多くの経営者は、承継を「誰に継がせるか」という人選の問題として捉えています。だから、後継者候補が見えないうちは何も進められない、と考えてしまう。しかし実際には、誰に継がせる場合でも——親族でも、社員でも、第三者への譲渡でも——先に整理しておくべき「お金の論点」は共通しています。
この記事では、人選より先に手をつけられる棚卸しの進め方と、3つのお金の論点、そして早く始めるほど選択肢が増える構造を整理します。
「誰に」より先に「何を」——まず棚卸しから
承継とは、突き詰めれば「会社にまつわる資産・負債・責任のバトンタッチ」です。バトンの中身が分からなければ、誰に渡すかも決めようがありません。最初の一歩は、渡すものの棚卸しです。
- 会社の資産と負債を一覧にする事業用資産と借入に加え、経営者個人の資産と会社の関係(貸付・担保)も書き出す
- 自社株の状況を確認する誰が何割持っているか、株主名簿と実態が一致しているかを確かめる
- 会社と個人の絡まりを洗い出す個人保証、自宅担保、会社への貸付金など、経営者個人に紐づくものを列挙する
- 論点に優先順位をつける時間がかかるもの・相手のある交渉が必要なものから着手順を決める
この棚卸しは、後継者が決まっていなくても今日から始められます。そして棚卸しの結果、ほとんどの会社で浮かび上がるのが、次の3つの論点です。
お金の3つの論点——自社株・個人保証・退職金
| 論点 | 何が問題になるか | 早く始めると何が変わるか |
|---|---|---|
| 自社株 | 評価額によっては後継者が引き取れない・相続で分散するおそれ | 移し方の選択肢を複数比較でき、時間をかけた移転を検討できる |
| 個人保証 | 保証が残ったままでは、後継者のなり手が現れにくい | 財務改善や金融機関との対話を通じ、見直しの可能性を高められる |
| 退職金 | 原資の準備がないと、会社の資金繰りと経営者の老後が両方傷む | 計画的な準備で、会社に無理をかけずに経営者の生活資金を確保しやすくなる |
3つに共通するのは、「直前に気づいても打てる手が少ない」という性質です。自社株の評価や移転の方法、退職金の設計は、いずれも税務・法務の個別判断を伴います。具体的な進め方は必ず税理士等の専門家にご確認ください。
早く始めるほど選択肢が多い、という構造
承継準備の価値は、突き詰めれば「選択肢の数」です。時間があれば、株式は段階的に移すことを検討できます。財務を改善してから保証の相談に臨めます。後継者候補を複数育てることも、社外への譲渡と比較検討することもできます。
逆に、健康問題などで承継が「発生してしまった」場合、残された選択肢は多くありません。私は信用金庫時代、準備のないまま代替わりを迎えた会社をいくつも見てきました。貸す側から見ると、承継の準備状況はその会社の継続性そのものであり、金融機関は世代交代の局面を静かに、しかし注意深く見ています。
承継の準備とは、辞める準備ではなく、「選べる状態」を保つ準備です。
準備を始めたからといって、すぐ引退する必要はまったくありません。「いつでも渡せる状態」を整えたうえで長く経営を続けることは、矛盾しないのです。
専門家チームの役割分担
承継は、一人の専門家では完結しない領域です。役割の違いを知っておくと、相談先に迷いません。
- 税理士——自社株の評価、株式移転や退職金にまつわる税務、相続を見据えた対策の実務
- 弁護士——株式の集約、契約関係の整理、親族間・株主間の利害調整や紛争予防
- 金融機関——借入と保証の取り扱い、承継時の資金調達に関する相談
- FP——経営者個人と家族のライフプラン設計、会社と個人のお金の全体整理、チームの入り口役
POINT
専門家は「誰か一人」ではなく役割で組み合わせるもの。最初の相談相手には、全体を横断して論点を整理できる立場の人を選ぶと、次に誰へ相談すべきかが明確になります。
まとめ——承継準備は「今日から始める棚卸し」
- 「誰に」が決まらなくても、資産・負債・会社と個人の絡まりの棚卸しは今日から始められる
- 自社株・個人保証・退職金は、時間が武器になる論点。具体的な手法は税理士等の専門家へ
- 準備の目的は引退ではなく、選択肢を保つこと。専門家は役割で組み合わせる
承継は、経営者人生でいちばん大きな「お金と想いの引き継ぎ」です。元気なうちに始めることが、会社にも家族にも、いちばんの誠実さだと私は思います。
一般的な情報提供を目的とするもので、個別商品の勧誘、税務・法務等の個別助言を行うものではありません。運用成果を保証するものではなく、ご自身の状況に応じた確認が必要です。



