この記事は2026年7月原稿の移行版です。制度・税制・統計は当時の説明であり、現在の適用条件とは異なる場合があります。個別の判断前に、公式情報や専門家にご確認ください。
この記事で考えること
「最近の若手は、会社のことより自分の資産形成に関心がある」——人事のご担当者から、半分冗談、半分本気でこんな声を伺うことが増えました。実際、NISAをきっかけに投資を始める若手社員は珍しくなくなり、初任給の使い道として「積立投資」が挙がる時代です。
私はこの関心の高さを、会社にとっての脅威ではなく、人材定着の入り口になり得るものだと考えています。お金の見通しが立っている社員は、目先の給与額の差だけで転職を判断しにくくなるからです。
この記事では、新入社員研修に「お金の基礎」を組み込む意味と、会社が教えるからこそ得られる効果、そして初年度カリキュラムの具体例までを、人事・総務・経営者の方向けに整理します。
若手の関心は高い。ただし「教わる場」がない
いまの20代は、学生時代から投資の情報に触れて育った世代です。SNSには資産形成の話題があふれ、同期同士でNISAの話題が出ることも珍しくありません。
一方で、関心の高さと基礎知識は比例していません。J-FLECの「金融リテラシー調査2025」では正答率が53.8%と、調査開始以来最低を記録しました。関心はあるのに、体系立てて教わる場がない——これが若手の実情です。
結果として、情報源はSNSや動画に偏ります。玉石混交の情報を、基礎体力がないまま浴びている状態だといえます。
POINT
若手の課題は「関心のなさ」ではなく「情報源の偏り」です。関心が高い今こそ、正しい基礎を渡す研修の効果が最も出やすいタイミングです。
新入社員研修に「お金の基礎」を入れる企業が増えている
こうした背景から、新入社員研修や若手向け福利厚生の一環として、金融教育を取り入れる企業が増えています。国が金融経済教育を後押ししていることもあり、「お金の基礎はビジネスマナーと同じ、社会人の基礎」という位置づけが広がりつつあります。
人事の視点で整理すると、狙いは大きく2つです。1つは、給与明細・社会保険・企業年金といった自社の制度を使いこなしてもらうこと。もう1つは、お金の不安を減らし、仕事に集中できる状態をつくることです。
お金の不安は、退職理由として表立って挙がることはあまりありません。しかし「なんとなく将来が不安だから、少しでも給与の高い会社へ」という転職の背景に、家計の見通しが立っていないことが隠れているケースは多いと感じます。基礎を渡すことは、遠回りに見えて定着への近道になり得ます。
加えて、金融教育には「会社からのメッセージ」としての側面もあります。給与の額そのものではなく、その給与を活かす力まで会社が気にかけてくれている——研修を受けた若手がそう感じられれば、それは福利厚生の金額競争とは別の次元で、会社への信頼を積み上げます。
会社が教える最大の意味は「防御力」
もう1つ、見落とされがちな効果があります。怪しい情報や詐欺からの防御です。
警察庁の発表によると、SNS型投資詐欺の被害額は2024年に約1,272億円にのぼり、前年の約2.8倍に膨らみました。被害は高齢者だけの話ではありません。SNSを日常的に使い、投資への関心が高い若い世代も、入り口のすぐそばに立っています。
基礎体力があれば、「元本保証で高利回り」という言葉の矛盾に自分で気づけます。逆に、基礎がないまま関心だけが高い状態は、実は最も狙われやすい状態です。
私は信用金庫で5年、金融商品を売る側にいました。だからこそ言えるのですが、勧める側は相手の知識量を最初の数分で見抜きます。基礎を知っている相手には、雑な提案はできません。社員に基礎を教えることは、社外のあらゆる「売り込み」への防御力を全員に配ることと同じです。
初年度カリキュラムの例——3回に分けて少しずつ
では、具体的に何を教えるか。詰め込みは禁物です。初年度は3回程度に分け、1回1テーマに絞ることをおすすめしています。
| 時期 | テーマ | ねらい |
|---|---|---|
| 入社直後(4月) | 給与明細と社会保険の読み方 | 手取りの構造と、会社が負担している保険料を知る |
| 夏(最初の賞与前) | 貯める仕組みと生活防衛資金 | 先取り貯蓄を最初の賞与から習慣にする |
| 秋以降 | NISA等の制度の基礎と詐欺への防御 | 制度の仕組みと「うまい話」の見分け方を知る |
ポイントは、投資の話を最初に持ってこないことです。手取りの構造と貯める仕組みが先、増やす話は最後。この順番を守るだけで、内容の定着度は大きく変わります。
2年目以降は、同じテーマを深掘りするより「その年に起きること」に寄り添う方が効果的です。昇給や異動、結婚といったライフイベントが増える時期に合わせ、テーマを少しずつ広げていく設計をおすすめします。1年目に基礎体力ができていれば、2年目以降の内容はよく染み込みます。
導入の進め方——目的の言語化から始める
導入を検討する際は、次の流れで進めると社内の合意形成がスムーズです。
- 目的を言葉にする定着なのか、制度活用なのか、防御なのか。目的によって内容も講師も変わる
- 対象と回数を決める新入社員だけか若手全体か。単発ではなく年数回の分割開催を検討する
- 講師の中立性を確認する商品販売を伴う講師かどうかを必ず確認する。販売があると研修が営業の場になりかねない
- 実施後にフォローする満足度アンケートに加え、財形や企業年金など社内制度の利用状況の変化を見る
特に3つ目の中立性は、研修の成否を分けます。講師の背後に販売があると、どれほど内容が正しくても、受講者は身構えたまま話を聞くことになるからです。
まとめ——関心の高い今が、基礎を渡す好機
- 若手の課題は関心のなさではなく情報源の偏り。教わる場を会社が用意する意味は大きい
- 金融教育は福利厚生であると同時に、詐欺や強引な売り込みへの「防御力」の配布でもある
- カリキュラムは「手取りの構造→貯める仕組み→増やす制度と防御」の順で、年数回に分けて少しずつ
初任給からの数年間は、お金の習慣が固まる時期です。このタイミングで基礎体力を渡せるのは、学校でも家庭でもなく、毎月給与を払っている会社だけだと私は思います。
原稿に記載された出典・参考資料
- J-FLEC「金融リテラシー調査2025」
- 警察庁「令和6年におけるSNS型投資詐欺・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について」(2024年)
一般的な情報提供を目的とするもので、個別商品の勧誘、税務・法務等の個別助言を行うものではありません。運用成果を保証するものではなく、ご自身の状況に応じた確認が必要です。



