この記事は2026年7月原稿の移行版です。制度・税制・統計は当時の説明であり、現在の適用条件とは異なる場合があります。個別の判断前に、公式情報や専門家にご確認ください。
この記事で考えること
「役員報酬って、結局いくらが正解なんでしょうか」。経営者の方から、よくいただく質問です。そして私の答えはいつも同じです。正解の金額は存在しません。あるのは、ご自身の会社と家族にとっての「バランスの取れた考え方」だけです。
役員報酬は、会社のキャッシュと経営者個人の手取りをつなぐ蛇口のようなものです。開きすぎれば会社が渇き、絞りすぎれば家計が渇きます。
この記事では、高すぎ・低すぎそれぞれの副作用と、金額を考えるときの判断軸、そして意外と見落とされがちな「決めた後の個人側の設計」までを整理します。
高すぎる報酬・低すぎる報酬、それぞれの副作用
まず、両極端に振れたときに何が起きるかを一般論として整理します。
高すぎる場合
- 会社の内部留保が薄くなり、投資や不測の事態への備えが細る
- 個人側の税・社会保険の負担が重くなる傾向がある
- 業績悪化時に減額しづらく、資金繰りを圧迫する
低すぎる場合
- 家計が慢性的に苦しく、生活のために会社から借りる誘惑が生まれる
- 経営者個人の資産形成が進まず、老後や万一の備えが手薄になる
- 会社にお金は残るが、個人のリスクが会社に一極集中する
どちらの副作用も、すぐには表面化しません。数年経ってから「会社にばかりお金があって個人に何もない」「報酬は高いのに手元に残らない」という形で現れます。
判断軸は「会社の成長投資」と「個人の生活設計」の両面
では、何を基準に考えればよいのでしょうか。私がご相談で使う判断軸はシンプルで、会社側と個人側の「必要額」をそれぞれ独立に見積もり、突き合わせることです。
会社側で見るのは、来期の投資計画と、売上が落ち込んだ場合に耐えるための手元資金。個人側で見るのは、毎月の生活費、教育や住宅などのライフイベント、そして老後に向けた積み立てです。両方を紙に書き出すと、「この範囲なら会社も個人も無理がない」という帯が見えてきます。
POINT
役員報酬は「会社の必要額」と「家計の必要額」を別々に見積もってから重ねるのが順序です。どちらか一方の都合だけで決めると、必ずもう一方に副作用が出ます。
信用金庫にいた頃、決算の見栄えのために報酬を極端に絞る経営者を何人も見ました。貸す側から見れば、それは「経営者の生活の持続性」という別のリスクに映ることがあります。会社の数字だけ整えても、経営者自身が疲弊すれば事業は続かないからです。
決めた後こそ本番——個人側の設計
報酬額が決まると、多くの方はそこで終わりにしてしまいます。しかし、家計の側から見れば、そこからが設計の本番です。
- 生活費のラインを引く毎月の固定的な生活費を把握し、報酬のうち「使ってよい額」を先に決める
- 貯蓄と資産形成を仕組み化する残す分は先取りで別口座へ。会社の業績に左右されない積み立ての流れを作る
- 保障を会社と個人で棚卸しする万一のとき、会社の借入や家族の生活をどちらの契約の保障でカバーするのか整理する
特に3つ目は経営者に固有の論点です。会社契約の保険と個人契約の保険が、それぞれ「誰の・何のリスク」に備えているのかを一度並べてみると、重複や空白が見つかることが少なくありません。
具体的な数字は専門家と決める
ここまで、あえて具体的な金額や率には触れませんでした。役員報酬には税務上・社会保険上のルールがあり、変更できる時期や手続きも決まっています。損金算入をはじめとする税務の具体的な判断は税理士に、社会保険の取り扱いは社会保険労務士に、必ず確認してください。
私たち独立系FPの役割は、その手前にあります。会社と家計の全体像を並べて「どんなバランスを目指すか」という設計図を経営者と一緒に描くこと。設計図があれば、専門家との相談も具体的になります。
まとめ——蛇口の開き方は、両側を見て決める
- 高すぎれば会社が、低すぎれば家計が渇く。副作用は数年遅れで現れる
- 会社の成長投資と個人の生活設計、両方の必要額を独立に見積もってから重ねる
- 金額が決まったら、生活費・貯蓄・保障という個人側の設計まで終えて完成。具体的な数字の判断は税理士・社労士へ
役員報酬は毎期見直しを検討できる、数少ない「会社と家計の調整弁」です。次の決定の前に、一度両側から眺めてみてください。
一般的な情報提供を目的とするもので、個別商品の勧誘、税務・法務等の個別助言を行うものではありません。運用成果を保証するものではなく、ご自身の状況に応じた確認が必要です。



